※文庫版5巻分全てネタバレしますので、これから読む方は気をつけて下さい。
あらすじ
文庫本は、全五巻とわりと長編です。
二巻終わり辺りからぐんぐんと物語に引き込まれてサクサクと読み進められました。
登場人物がかなり多く百人くらいは出てくるのではと思います。
このお話は起き上がりと呼ばれる吸血鬼『屍鬼』と隔離された村に住む『人間』が対立し、お互い排除しようとする物語。
屍鬼は人間の血液を飲んで生きながらえている不老不死の種族ですが、血を吸われた人間は死後屍鬼へと蘇生するか、人狼と呼ばれる種族に蘇生するか、蘇生しないでそのまま死ぬか、三つに分かれます。
主人公格が数人いて親友が物語が進むにつれて対立してしまうという構図が二組できて、その二組を軸に物語が進んでいきます。
(いくつか対立関係になりますが今回この二組をピックアップします)
やがて対立関係が浮き彫りになる面白い対比になっていきます。
感想
一組は、お寺の息子兼小説家の室井 静信。その幼馴染みで村医者の尾崎 敏夫。
静信は感受性が強いタイプで、屍鬼のボス桐敷 沙子にやがて情を移すようになり寝返って屍鬼側の味方をするようになります。
一般に理解されづらい難解な小説を書いていたり自殺未遂をしたりと繊細なタイプです。
反対に、敏夫は最初から最後までぶれずに村で起こっている奇怪な現象に立ち向かい人間側のリーダー的存在となって奮闘します。
彼は村医者で頭も良く合理的なタイプで静信とは正反対な剛毅な性格として書かれています。
心霊などを信じない現実的なタイプです。
幼馴染みで親友のこの二人が対立していく過程はつらくもありましたがここは三十代同士ということもあって自分の考えを他人に言われて左右するような年でもないですし、大人同士の対立という感じでした。
もう一組は若いコンビで都会から外場村へと引っ越してきた高校生の結城(小出) 夏野と同級生の武藤 保の兄、二十歳の武藤 徹の二人。
夏野は高校を出たらこんな村出てやる、といつも南を見ているような高校生で徹はそんな夏野の勉強を見たり、遊んだりと気が合っているようでした。
夏野は気が強く、自分に好意を持つ女性に対しかなり辛辣に接します。
徹はそんな夏野を諌めたり人の気持ちを汲み取ることのできる優しいタイプです。
徹が屍鬼になってしまいその後夏野を襲って殺しますが結局夏野は墓から起き上がりませんでした。
事実上の死です。思い入れありそうな書き方をしていたので夏野は起き上がるだろうと読み進めていたため新鮮な驚きでした。
意志が一番強そうなタイプだったので、生きているときから屍鬼に対しての嫌悪感が表れており、その強さを死して尚抱え込んだため、抵抗心が勝つ程の精神力を発揮し、起き上がらなかったのかと漠然と思いますが、あんなに村を出たがっていた夏野が永眠したことによって、外場村で永遠に骨を埋めることになってしまった皮肉は、気の毒でさえありました。
夏野のように正義感が強く、村の真実を暴き屍鬼たちを追いやろうとした罰だとしたら、気の毒を通り越してああ無情よりも無情ですし、夏野がこれなら敏夫は未来で果たしてどうなるのか、恐ろしくもあります。
読了後、夏野が南に行けず、外場村に永遠に閉じ込められてしまったことを思い、しばらく私呆然としていました。
夏野に関しては絶望しかなく救い、希望が書かれていないため、彼こそ屍鬼たちの言う「神はいない」と言って良い人ではないでしょうか。
夏野には神は宿っていなかった、現実的で他力に縋ることのなかった夏野は、神に見捨てられた村に永遠に縛られることになりました。
登場人物の気持ちはどうあれ、思い入れありそうな夏野を、起き上がりにさせなかった小野 不由美先生の凄さが際立ったエピソードだと思います。
そして、永遠に生き返らない夏野に罪悪感を抱く徹が、その後看護師の国広 律と共に屍鬼となっても人としての尊厳を失わず、二人で一緒に奮闘するのがまた感慨深いところでありました。
この二人が人間として生きていて、律の婚約者よりも早く出会っていたなら、素敵なカップルになりそうでした。
吊り橋効果もあったと思いますが、根本的な価値観は同じのようでしたから。
そしてもう一組の親友の対立になりますが、三十代コンビの静信と敏夫。
人間が絶対正義と疑わない敏夫と、沙子の心の奥底にある孤独感に共鳴を受けた静信の対立です。
敏夫は村で奇怪な事件が起こっていることを調べ、疫病などの可能性を疑い、自分の妻が死んだ後も密かに冷凍保存しておいて、人体実験等の非人道的とも言える行動を淡々とやり遂げます。
それは全て外場村にいる人間を生かすため、救うために合理的にやっています。
色仕掛けにかかった振りをして、千鶴を返り討ちにしたりする様は圧巻でした。
屍鬼側からみたらラスボス感が否めないでしょう。
強敵だと思います。
そして静信が沙子の孤独を埋めるかのように、彼女を体を張って守る様は、まるで沙子を女神と崇めているようにも見えました。
自分の心を守るため、同じように悩んでいる沙子を守り抜いているようでした。
最後に村を焼くのですが、初めは人間側に立って読んでいてもここは
「人間の凶気」が
「屍鬼の生への渇望」
よりも恐ろしい感情なのだと気付き、感情を反転させられる場面なのではないかと感じます。
まだ真相を探っているときに死体に躊躇している静信に、敏夫が
「確認しろ。坊主が死体に怖気づいてどうする」
とブラックジョークじみたことを言うのが不謹慎にも少し面白いです。
そして最大の運命のズレと言って良いと思いますが、敏夫がもう少し早く真相に気付き、夏野と二人で共闘できていれば、人間側が勝ったと思いますし、夏野は死ななかったのではないかと悔やまれます。
夏野の方が一歩リードして真相に気付いており、敏夫はまだ真相に辿り着いてはいなかったので、二人が会話していたときはもっと踏み込んで会話したらいいのに、とヤキモキしながら読んでいました。
あとは屍鬼側に静信以外にも有能な仲間がいたら、結末が変わっていたかもしれないと思いました。
辰巳はまだ良いですが、千鶴がもう少し頭脳的で狡猾だったら、敏夫VS千鶴でもっと面白い駆け引きが見られそうだなと思いました。
村は死によって包囲され、神を外界から遮断しているのは一体誰だったのか。
私は人間の利己的な正義だと思いました。
コメント